形見語―カタミガタリ―

今話題のあのセリフで始まる、少女と女性と一振りの剣の話。



そんな装備で大丈夫か?


いいワケないからここに来てるんじゃない、と最近流行っている文句に軽く返しながら、あたしがカウンターに置いたのは、錆び錆びの鞘に納まった剣と、2〜3枚の紙。
紙には整った字で、剣の由来や取り扱いが短くまとめられている。


「状態はひどいけどさ、あたしにとっては大事なものなんだ。なんか曰くつきのものらしいから、せめて使えるようにして欲しいの。詳しいことはこれ見てね」


ね、お願い。頭を下げて両手を合わせながら「お願い」する。


「うーむ、なんだか分からんがあの男の紹介だ、断るわけにもいかんだろう。その代わりだ、お嬢ちゃん。それなりに時間はもらうぞ」


ありがとうおじさん!と、嬉しさのあまり抱きつこうとして、カウンターに思いっきり阻まれた。
お腹を打ちつけてうつ伏せになりながら悶絶するあたしを見て、お嬢ちゃんあんた無鉄砲だなーと髭のおっさんは呆れながら声をかける。
冗談じゃなく痛いんだけど、あたしも何とかおっさんに向かって苦笑いを見せる。


確かに、他の剣だったらこんなに舞い上がってないと思う。でもこれは特別だ。だって、これはあたしのお母さんの形見なんだもの。
行く先々の鍛冶職人がみんなお手上げして、一体どんなとんでもないものなんだとこの剣のルーツを探りながらここまできて。ずっと錆びっぱなしだったその身をようやく開放してあげられるんだから、こんな嬉しいことはないんだ。


・・・そう。この剣は、お母さんの形見だ。
8年前にあたし達の住む村で起こった、モンスターの襲撃。あの事件でお母さんは犠牲になり、あたしの運命も変わった。


・・・


お母さんは捨て子だった・・・らしい。ある朝、村の入り口に置き去りにされているのを散歩していた村の人に見つけられて、それ以来この村の一員として育った。その時に一緒に置かれていたのが、この剣だ。
生まれつき体の弱かったお母さんは戦いとは無縁の生活を送っていたらしいけど、それでも、その人生の傍らには、常にこれがあったんだって。


ブロンドのロングストレートな髪に透き通るように白い肌、目は細くていつも儚げな笑みを浮かべているよう。容姿だけは瓜二つだといろんな人にからかわれてそのたびにぶん殴りそうになったけど、それだけ、お母さんの外見はあたしにそっくりだったってことなんだろう。・・・複雑な気持ちだけど。
でも、村にはあたしの他に金髪碧眼って全くいなかったし、そういう意味では比べようがなかったのかもしれない。
あたしがそうだったように、お母さんもまた、村では一目置かれる存在だったんじゃないかな。


・・・ここまで全部、まるで他人事のように語ってきたんだけど、その理由は、あたしはあたしであの事件以前のことを全く覚えていないからなんだ。
あの日以前のあたしがどんな生活を送っていたのか、あの日何が起こったのか、そして、お母さんがどんな人だったのか。顔も性格も全部忘れてしまっているなんて、親不孝もいいところよね。もう、悔しくてしょうがない。


でも、なんで忘れてしまってたかというこの理由、ついこの間知ったんだ。あたしは何者なのか、というのとセットで。すごいショックで、まだ気持ちの整理がついてないから、この理由はまたあとでね。
そりゃあ、あたしだって、常にオールハッピーじゃないんだから。


・・・


そうそう、剣の話だ。なんでここまで状態が悪くなったのかというと、使えるように砥ごうにも普通の砥石じゃ歯が立たなかったらしいんだ。
なぜか知らないけど、砥石の方が負けちゃう。近所の鍛冶屋のおじさんもそのお父さんもお手上げで放置するしかなかった。だから、こんな無残な状態になってしまった。
あたしが今こうして旅をしている、その理由のひとつが、この剣のルーツを探ることなんだ。どう見ても日用品じゃない一点物だ。それなら、どこかに何かしらの情報が残っていてもおかしくないと思った。
それを信じて手がかりを探した結果、出会ったのが、この街で武器収集を趣味にしてるお金持ちのおじいさんだったんだ。
ほら、物を集めるならその情報もたくさん持っているはずじゃない。そう思って尋ねたら案の定そのとおりだった。
情報よりも先に売ってくれと頼まれたのはさすがに本気で断ったけど、その体躯の通り太っ腹な彼は、せめて本来の姿を拝みたいと快く協力してくれた。情報はもちろん、金銭的にもね。


「ふむ、これじゃな。青き宝剣ポーラスター。細身の刀身は青き尾を引き、扱うものに冷静さをもたらすとな。
・・・ほう、あくまで噂だが、これには対となる剣がある、と・・・。あるかどうかは分からんが、後でわしのコレクションから探してみよう。
それにしても、おぬしが持つには赤と青、色合いが正反対な気もするがなあ」


やっぱりぶん殴りそうになったけど、そこは理性を総動員して抑えた。うん、抑えた。せっかくのチャンスをフイにするわけにはいかないじゃない。
言っていることが間違っていないのは分かるんだ。でも、色合いとかそんなのを気にする前に、この剣は大事な大事な形見なんだ。
似合う似合わないなんて関係ない、絶対にあたしが使ってやる。この決意を胸に、ここまでたどり着いたんだから。


そんなこんなでひと悶着起こしそうになりながらも必死で抑えて、紹介してもらった鍛冶屋さんへと向かったんだ。珍しくちょっと緊張しながらね。
それで、さっきの会話に戻る。


・・・


「それにしても、あんたもラッキーだったな。あのじいさんは自分が武器収集するためには金に糸目をつけんが、他人のためには一切金を出さないとんでもない守銭奴だ。
そんなじいさんからこうやって、決して安くない金を引き出して・・・あんた、何をしたんだ?」
そりゃああたしがかわいいから思わず助けてあげたくなったんでしょ?と冗談交じりで答えたんだけど、
「まあなんだ、そんなこたぁどうでもいいとして、」
今度はつかみかかろうとしてカウンターに阻まれた。いつもはもうちょっと考えると思うんだけどなあ・・・と再び強打したお腹をさすりながらぼんやりと思う。


いつもの三倍くらいハイなのはきっと、あたしの念願がようやく叶うからだ。それはもう、嬉しいんだからしょうがない。
決して楽しいことばかりじゃないこの旅の途中だ、少しくらいははしゃいじゃってもいいじゃない。それに、こうやって心から嬉しがることで、少しでもお母さんの慰めになるなら、あたしの気だって晴れるものだ。そうだよね、うん。


「そんなテンションで大丈夫か?」
うーんと・・・大丈夫じゃ、ないかも。でも今日くらいは、こんな風に舞い上がりたいの。そうでしょ?